ラジオを聞いていたら、高校の国語教育の関する文科省の方針を話題に取り上げていた。
ある識者は今の高校生の読解力の低下を嘆いていた。彼らは、本を読まないし、読めない。例えば漱石、鴎外を読まない。
考えてみると、当たり前かもしれない。大昔、私が若いころは、読書は勉強であると同時に、娯楽でもあった。テレビはない、あっても家に一台。ゲームもない時代だ。映画は映画館に行かないとみることができない。
そこで、本を読んだ。本を買うお金がない時は、貸本屋で借りた。今は、貸本屋という商売はないだろうなあ。もっとも、私は鴎外や漱石を読まず、もっぱら推理小説の古典を借りて読んだ。
中学生か高校生の時には、夏休みなどに、本を読んで感想文を書く宿題が出た。これが嫌だった。推理小説ではダメで、読書感想文を書くのにふさわしい本を選ばなければならない。それから、読後の感想を書くのも難しい・・・今なら、人工知能AI に頼むとすぐに書いてくれると思う。
天の声「AIに書かせてはダメ」