老人ホーム(サービス付き高齢者向け住宅)の廊下を歩いていたら、白衣を着た医師らしい人と、看護師らしい女性が立ち話をしていた。
「骨代謝マーカーの数値は?」「正常値です」
私は、骨代謝マーカーという言葉に敏感に反応して、思わず「骨代謝マーカーってどんなものを使っていますか? ピリジノリンじゃないですか?」と訊いてしまった。
「違います。○○です」
ピリジノリンは、私が大昔に見つけて構造をきめた物質で、コラーゲンの架橋成分である。コラーゲンがたくさんある体の場所といえば皮膚と骨だが、ピリジノリンは骨のコラーゲンにはあるが、皮膚のコラーゲンにはない。それで、尿の中のピリジノリンを測定すると、骨の分解の様子がわかる、つまり「ピリジノリンは骨代謝マーカーになる」のではないかと、私は提案した。
私の部屋のドアの小窓に、表札の代わりに、ピリジノリンの構造式が貼ってある。しかし、これに気づいてくれた人は、3人しかいない。歯医者さんと、薬を届けてくれる女性と、息子の嫁さんである。