東京医科歯科大学の医学部に新しく硬組織生理研究施設が設置されることになった。薬理学部門と化学・生化学部門の二つの部門ができる。硬組織とは何かといえば、硬い組織・・・つまり、骨と歯の研究施設ということである。私は化学・生化学部門の助手になったので、建前から言うと、硬い組織の研究に従事しなければならない。
他のスタッフは、硬組織とは関係のない研究をしていたので、新入りの私に硬組織の研究をすることが期待されていた。硬組織、つまり骨や歯は、簡単に言うと、リン酸カルシウム化合物とコラーゲンで出来ている。生化学者が手を付けるとするとコラーゲンの方だ。
田宮教授は、アメリカでトレーサーとしての安定同位元素を勉強してきて、古い質量分析計をお土産にもらってきた。研究室の一部屋を占領していた。これを使いたい。
当時、早石修先生らがオキシゲナーゼを発見して、大きな話題になっていた。従来知られている生体の酸化還元反応では、酸素は水になって、基質には取り込まれない。ところが早石先生らは、酸素が基質と結合して生成物に取り込まれる酵素反応の存在を証明した。これがオキシゲナーゼ(酸素添加酵素)である。この反応の証明には、酸素の同位元素であるO-18(重酸素)が使用された。重酸素 は安定同位元素、つまり非放射性なので、質量分析計で測定するほか手段がない。