浜松にいたときに、何度も渓流釣りに連れて行ってもらった。釣りの大好きな先生が医科大学にいて、どういうきっかけか忘れたが私に釣りの手ほどきをしてくれた。その先生がいちばん好きなのが渓流釣りであった。
山奥の谷川を、釣りをしながら上流へと登っていく。防水の長い長い長靴をはくので、足元がちょっとあぶなかっしい。あたりに人の気配はまったくない。聞こえるのはせせらぎの音と鳥の鳴き声だけ。周りにはあふれるような木々の緑。とても気持ちがいい。
狙うのはイワナ、アマゴ、ヤマメ。イワナがいちばん渓流の奥に住んでいる。その下流にいるのがアマゴかヤマメで、地方によって違う。浜松ではアマゴだった。
彼らはとても警戒心が強い魚なので、人間の足音にも敏感である。一度足を踏み入れてしまうと、魚は隠れてしまい、その場所ではあと数時間は釣れない。
山奥に行くので、ベテランでも一人で行くのは危険である。それで、いつもヒマな私を誘ってくれたらしい。
難しい釣りで、私にはなかなか釣ることができなかったが、美しい自然の中で体を動かすことができて楽しかった。それに、たまにではあるけれど、良い釣果をあげることもあった。
釣れても、釣れなくても、家に帰るとイッパイやることになる。
その先生には小さな娘さんがいた。お父さんのそばで、アマゴの塩焼きをかじりながら、娘さんが言った。
「パパはね、あたしが生まれたとき、”アマゴ”って名前をつけようとしたのよ。ひどーい」
パパは慌てて
「ちがう、ちがう。アマゴじゃないよ。ヤマメとつけようかと思ったんだよ。」
実際には、ナオコという、ふつうの名前をつけたのだけれど、あの先生、とにかく釣りが好きなんだなあ。