海賊版は外国の書物を、著者の承諾なしに無断で複製した本である。もちろん違法な行為である。
しかし、若いころ―――主に大学院の学生の頃には、海賊版にはとてもお世話になった。
 そのころは貧乏で・・・私だけでなく、日本全体が貧乏で、とても個人では原書は高くて買えない。たとえ図書室に1冊あったにせよ、コピーする手段がなかった。  
 そこで海賊版を買って、輪講などの勉強に使った。輪講とは数名の学生・院生が集まって、本の一部をそれぞれ分担して、翻訳したり、説明したりするのだ。たいてい、助手の先生か、年かさの院生がついて、リーダーになった。若い学生には厳しい試練の場であった。
 海賊版を十数冊担いで、各研究室に売りに来るオジサンが何人かいた。たいてい、ちょっと変わった人たちだった。「私は勤皇共産党だ」と名乗る変な人がいたことを憶えている。
 彼らは結構目利きで、面白い本、良い本を選んで、海賊版をつくった。誰か陰で、「この本をやれ」と教える先生がいたのかもしれない。
 海賊版は、いま考えると、悪いことではあるが、研究者の卵たちはみんな、たいへんお世話になった。戦後の一時期、日本の科学の発展に寄与したことは間違いない。ちょっと、大げさかな。
 海賊版は1960年代前半まではあったかな。日本が豊かになるといつの間にか消えてしまった。
 時がたち、私も歳をとって、自分が本を書く機会を持つようになった。1980年代後半からである。講談社のブルーバックスを何冊か、書かせてもらった。そうしたら、韓国か中国かで、私の本の翻訳書がでたらしい。 
 私は、翻訳の許諾をしたことはない。だから海賊版だろう。
 でも別に腹をたててもいない。なにしろ、むかし海賊版には大変お世話になったからなあ。


 
 
 

投稿者

コラーゲン博士

85歳の老人ホーム入居者 若いころは大学でコラーゲンの研究を行っていた

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