老人ホームに入居前、私は毎日散歩を楽しんでいた。お気に入りのコースは家の近所に流れる川の堤防の上の小道である。都心から電車で40分ぐらいの郊外で、川のそばにはまだ自然がいっぱい残っている。春はカラシナの黄色い花で一面埋め尽くされる。夏は青い草が生い茂り、秋にはススキ。
 野生の動物も見かける。サギやカモの仲間がたくさんいる。白いサギをタカが襲う瞬間を見たときには興奮してしまった。キツネも見かけたし、イタチも見た。
 しかし川の土手の道の一番よいところは自動車が通らないところだ。老人が安心して歩ける。
 老人ホームを探し始めていると、ある日息子の嫁さんが知らせてくれた。「お父さん、よい老人ホームがありましたよ。そばに川があるんです。川岸には遊歩道が整備されていて、最高ですよ!」
 別にこれが決め手になったというわけではないのだけれど、結局ここに決めてしまった。息子たちの家のそばだし、新築だし・・・まあ入居料はちょっと高いけれど。