昔は、写真は、フィルムの入ったカメラで撮った。日本のカメラは優秀で、アメリカに留学した時には、アメリカ人が、欲しがった。帰国の時にあげてしまった。
 「ポムポム川の辺」に引っ越すときに、写真やアルバムをみんな処分してしまった。いま、かみさんは、死んだときの遺影に困ると言い出している。息子は、写真屋さんに行って撮ってもらえというが、面倒くさくて実現しない。私は、息子のスマホで撮ってもらえばいいと思うのだが、これさえもまだ実現していない。
 写真を撮られるといえば、大昔に、知らないうちに撮られて、週刊誌に載ってしまったことがある。そうはいっても、ヤバい写真でもないけれど。
 サンデー毎日が、「東大生の生活白書」という記事を載せた。東大生が生活に困っているというのがテーマらしい。
 そこに生協食堂で、学生たちが昼食をとっている写真が、大きく載っていた。正面にいて、ラーメンをすすっているのが、私だ。私は、その時は学生ではなくて、助手、つまり”先生”の一員だったのだけれど、おなかをすかせた、貧乏学生の典型に見えたらしい。まあいいけれど、知らないうちに撮られてしまった。
 教授秘書の若い女性が、私の向かいに座っていて、後姿が映っていた。後姿だけなのに、「こんな写真が出回っては、お嫁にいけないわ」と嘆いていた。
 これも、若い日の思い出だ。 

投稿者

コラーゲン博士

85歳の老人ホーム入居者 若いころは大学でコラーゲンの研究を行っていた

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