40年か50年かまえのことである。友人のKさん、Iさんとお酒を飲んでいた。飲んで3人とも、すこし酔っぱらった。何の話をしていたのだが、おぼえていないのだけれど、多分、科学教育か何かだったろう。Kさんと私は、意見が一致して盛り上がった。そうしたら、Iさんが突然、怒り出した。
「二人とも、こっぺらしい」
えっ、「こっぺらしい」ってなんだ。
Kさんと私がしていた話は、別に変な話ではなかったと思う。真面目な議論だ。すこし酔っぱらってはいたが、べろべろではない。話も、一応論理的だったと思う。それなのに、Iさんは怒り出した。
もっともらしい意見を言うのだけれど、なぜか腹だたしい人が、確かにいる。あれ以来、本当の意味はわからないのだけれど、そういう人は、「こっぺらしい」と、思うようになった。
自分で勝手にきめてしまったのだが、そうすると、こっぺらしいは便利な言葉だ。
たとえば、テレビやラジオのアナウンサーの中に、こっぺらしい人がたくさんいる。とても、ものしりで、何事にも、もっともらしいコメントをする。ゲストよりも、たくさんしゃべりたがる。でも、本当に、勉強して、深い知識があるかといえば、そんなことはなさそうだ。
というわけで、本当の意味を調べずに、こっぺらしいを使ってきた。人前では言わないけれど、心の中で使ってきた。
ある日、ふと気になって、インターネットで調べてみた。こういう便利な手段があることを忘れていたのだ。
残念ながら、「こっぺらしい」という言葉は出てこなかった。しかし「こっぺ」という言葉があった。「こっぺ」とは「生意気な」という意味だそうだ。
きっとこれだ。Iさんは、私たちが、もっとらしいことを言っているのを聞いて、生意気な奴だと怒りだしたのだ。
「こっぺ」は、福井や石川の方の言葉らしい。しかし、Iさんは三重の出身だ。どうして北陸の言葉を使ったのかはわからない。
Kさんも、Iさんも亡くなってしまった。