私は、若い頃は長いこと生化学の実験室で過ごしてきた。実験室では、いろいろなものを材料にして実験する人たちがいた。そのおかげで楽しい思いをすることがあった。
たとえば、アカガイの体液のヘモグロビンを研究している人がいた。その人は魚屋さんからアカガイを大量に買いこんで、赤い体液をとった。ほしいのは体液で、身は要らない。実験室の仲間たちが、アカガイの身をおいしくいただいた。
イセエビの殻からキチンをとろうとする人もいた。「これはしめた、エビの身が食べられる」と思ったら、先生がダメだと言った。「レストランに行って、殻だけもらってこい」
卵黄を実験に使う人がいて、卵白がたくさん余った。卵白だけの卵焼きやいり卵を食べたが、物足りない。「『キミ恋し』だなあ」と誰かが言った。フランク永井さんの「君恋し」が流行っていたころだった。
大昔、終戦直後の食糧難の頃は、いろいろ食べたらしい。
ある先輩が、よその研究室に遊びに行ったら、焼き鳥をご馳走になった。「おいしい」と言ったら、「そうかい、では前足も持ってきてあげよう」といわれた。マウスの焼き鳥だったというのだ。
この話は冗談かもしれない。悪ふざけや冗談の好きな人たちばかりだった。