高校生から大学1年生のあたり、私は推理小説をたくさん読んだ。ハヤカワ・ポケット・ミステリが刊行され出していた。また江戸川乱歩さんらが、海外の小説を紹介したり、解説したりしていたころだ。
あれから65年か70年たった今、思い出してみると、まだストーリーやトリックをはっきり覚えている作品もあるし、忘れてしまったものもある。はっきり覚えているのは、秀作なのだと思う。私の勝手な意見だが、「70年の年月」というフィルターを通してみると、本当の秀作がどれかわかるような気がする。
あのころ、いろいろな人が選んだ世界の推理小説のベストテンがあった。その中で、クイーンの「Yの悲劇」は、どのベストテンにも、上位に入っていた。そして私は、今も、この小説のことは鮮明に覚えている。トリックも犯人も。やっぱり秀作だ。
クリスティの「アクロイド殺人事件」も、ベストテンの常連だが、もちろん、いまもしっかりとおぼえている。同じく、クリスティの「そして誰もいなくなった」も、ちゃんと覚えている。私は、この小説が好きだった。
ルルーの「黄色に部屋」も、思い出すことができる。これは密室の傑作だが、トリックをちゃんと覚えている。
反対に、メーソンの「矢の家」とか、フィルポッツの「赤毛のレドメイン」とかは、悪いけれど、全然おぼえていない。あんなに好きだった、ディクソン・カーの諸作品も、忘れてしまった。
歳をとると、推理小説の妙な楽しみ方もあるものだ。
天の声「ひとりよがりだな」