この頃は、銀行などいろいろな場所で「本人を確認するもの」の提示を要求される。悪いことをする人が多いからだろう。困ったことだ。
普通は本人確認といえば運転免許証である。免許証を返上した年寄りであれば、運転免許経歴証明書というのがあるそうだ。
ところが私はどちらも持っていない。何しろ運転なんてしたことがない。こわくて自動車を運転する気にはならなかった。
私が若かったころは日本は貧しくて、自動車を持てる人は少なかった。そのころ、私の周りの研究者たちの中には、アメリカに留学して、そこで初めて自動車の免許を取った人がたくさんいた。
私も若いころアメリカに留学した。ケネディ大統領が暗殺された年だから、何年前になるかなあ。東海岸のボルティモアに留学した。
同じ研究室にいたアメリカ人のRさんが、親切に私の面倒をいろいろと見てくれた。Rさんはニューヨーク生まれのニューヨーク育ち。彼は自動車の運転ができない。彼に言わせると、あんなものは田舎者のやることだという。私はいつもRさんにくっついて行動していたので、運転する機会を逸したというのが私の弁解だが、本当はブキッチョな私は、運転がこわくてやる気がしなかったのだ。
ちなみに、Rさんは野球はヤンキースのファンだった。ボルティモアの球場で、ヤンキース対オリオールズの試合を見に行った時、彼が大声でヤンキースの応援をして、まわりの人たちから白い目で見られ困った記憶がある。
ノーベル物理学賞の湯川秀樹先生は不器用で、アメリカに滞在中、運転の練習中をしていたら、立ち木に衝突してしまったそうだ。そこで、ついに運転のレッスンをギブアップ。その後は奥さまが大学に送り迎えをしたという話をどこかで読んだことがある。
ちょっといい話でしょう。
天の声「ブキッチョでも偉い人はいるけれど、ブキッチョが偉いということではない。」
私「そんなこと、わかってる。」