50年近く前のこと、浜松に新しい医科大学ができて、私は仙台から引っ越した。その時、私と一緒に行ってくれたのが、Hさんである。それから、12年間、Hさんと一緒に研究室で過ごした。新しい大学は、建物も、設備も、なんにもなくて、苦労の連続だった。だから、Hさんは、同僚というより、戦友という方がぴったりする。
 私は、浜松に12年間いて、東京に転出したが、Hさんは浜松に残り、やがて教授になって、定年を迎えるまでいた。
 Hさんが、定年退職するときに、大学のニュースレターに、「退職に寄せて」という文を書いた。その中に試験管洗浄機のことが書いてある。「ジェットウォッシャー」という洗浄機がなければ、研究成果は上げられなかったというのだ。
 Hさんは、実験で、普通一日当たり、試験管を200本から300本使う。多いときは数百本も使うのだが、洗うことを全く気にせず使えたのは、このウォッシャーのおかげだと彼は言っている。
 ウォッシャーがなかった時には、洗剤を付けたブラシで、試験管の中をごしごし洗ってから、水でなんどもゆすいでいたのだから、手間と時間がかかった。当然、実験を計画する時にも影響する。なるべく、使う試験管の本数を減らそうと、消極的になってしまう。
 Hさんは、このウォッシャーで、試験管を100万本まではいかないにしても、数十万本は洗っただろうと書いている。この機械を導入したのは、1979年で、それから30年以上も、ほとんどトラブルなしに、動き続けたという。ドイツ製で、「さすがドイツ製はすごい」と感想を述べている。
 思い出すと、私も、自分の実験に使った試験管は、Hさんの試験管と一緒に、このウォッシャーで洗ってもらっていたので、Hさんにも、ウォッシャーにも、感謝しなければならない。
 いまの実験室のことはしらない。試験管は「使い捨て」になっているか、試験管などは使わなくなっているか、どっちかだろう。
 Hさんは、私より10歳も若いのに、数年前に亡くなってしまった。

 

投稿者

コラーゲン博士

85歳の老人ホーム入居者 若いころは大学でコラーゲンの研究を行っていた

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