ヒトは死ぬとお墓が必要になる。しかし私は墓地を持っていない。「どうするの?」と、子供にはなんどもきかれた。
私は宗教心がないので、死んだ後のことに関心がない。来世なんか信じられない。宗教家は嫌いだ。ぼったくり屋ばかりだと思っている。お経の長さが、お布施の額できまるなんて・・・
お墓がないと困るのは、本人よりも子供らしい。「死んだら、骨は粉にして、散歩に行く川にでもまいてよ」といったら、「そんなことをしたら、犯罪になりかねない。死体遺棄だ」と、断られた。
私の親の墓も、かみさんの親の墓も、郊外の都立の霊園にある。どちらの霊園も、すごく広くて、以前、お参りに行ったら、目的のお墓がどこにあるのかわからなかった。何しろ、同じような形の墓標が、ずらりと並んでいるのだ。
それでも、このような霊園は人気があって、空くのを待っている人がたくさんいるという。
私は、そのうち、お墓はバーチャルというか、パソコンから、クリックひとつで、お参りができるようになると思う。
こんなことを、うそぶいていたら、息子が、かみさんの両親の墓地を調べて、まだ私たちが入るスペースがあるのを見つけてくれた。
これで、ひと安心と息子がいうので、私も安心した。さて、墓地に入る準備を、ボチボチはじめるか・・・
天の声「そのダジャレを言うと思った」