二重らせんといえば、遺伝物質DNAの立体構造のことだと、みんな思う。実際、広辞苑をひいてみると、DNA分子の構造モデルを言うと書いてある。ワトソンとクリックが1953年に提唱したもので、分子生物学の象徴とされると説明している。
二重らせんの発見は、20世紀のサイエンスにおける、最大の業績の一つともいわれている。
DNA分子は、二本のポリヌクレオチド鎖が、らせん状に巻き付いた構造をしている。これは「二重らせん」というより、「二本鎖らせん」、略して「二本らせん」と呼ぶ方がよいという意見がある。二重らせんとは、一本のひもが、らせんを巻きつつ、さらにらせんを巻いている構造を言うのだという。だから、DNAの構造は、二重らせんにはあたらないというわけである。
そういわれてみると、そうだと思う。でも、二重らせんという言葉が、定着してしまっているので、今更変えるのもむずかしい。
二重らせんの発見者の一人、ワトソン博士は、その発見の経緯を書いた「二重らせん」という本を出版した。日本語にも翻訳されている。これは、すごく面白い本である。露悪趣味というのか、ざっくばらんというのか、面白い裏話がいっぱい出てくる。
むかし、私は、毎年、生化学の講義で、1コマを使ってこの本の話をした。もっとも、私の話術では、面白くはなかったろうけれど。学生さんたちは黙って聞いていた。
コラーゲンの分子もらせん構造をしている。こちらは、しばしば「三重らせん」構造と呼ばれている。私も、「三重らせん」という言葉を何度も使った。しかし、これにも似た問題がある。
コラーゲンの場合、3本のポリペプチド鎖からできているのだが、その一本、一本が、らせんをつくっている。そして3本合わさって、またらせんを巻く。それゆえ、「複合三本鎖らせん」と呼ぶべきらしい。まあ、略して「三本らせん」でもいいと思うけれど。
呼び方にばかりこだわる科学者は、科学者としては大したことがないといった人がいた。それも、もっともだ。