戦後の日本にアメリカから入ってきた文化の一つにティッシュ―・ペーパーがある。
終戦直後の日本は、紙不足で(あらゆる物資が不足していた)、新聞紙が活躍していた。弁当を包むのも新聞紙。鼻をかむのも新聞紙。鼻が黒くなったけれど仕方がない。
私はアメリカに留学して、はじめてティッシュ―・ペーパーに出会った。こんな肌にやさしく、便利なものがあるんだと、びっくりした。
当時の日本にはなくて、アメリカで出会ってびっくりしたことは、他にもたくさんある。たとえば、ビールの銘柄のたくさんあること(日本じゃ銘柄は数種類しかなかった)。デパートの店員さんが年配の女性のこと(日本のデパートの店員さんは、みんな若い女性だった)。
帰国し間もなく、ティッシュ―は、日本でも使われ出した。そのうちに、ポケット・ティッシュ―が生まれた。やがて、路上で宣伝にポケット・ティッシュ―を配るようになった。バブルの頃は、駅前の路にはティッシュ―をくれる人がずらり。みんなもらったらポケットがパンパンになった。
研究室では、実験用に使う特別なティッシューがある。キムワイプという名前だ。ケバだちがなく、紙から屑が実験器具に付着しないようにつくってある。だから高価だ。
ある先生が嘆いていた。「このごろの学生は怪しからん。キムワイプで鼻をかむやつがいるんだ」
これは昔の話である。いまの学生さんのことは知らない。