かみさんは、昔は外出が大好きだった。電車に乗って、都心の劇場やデパートにしょっちゅう出かけていた。それが、だんだん電車で一駅の地元のデパートにしか行かなくなり、とうとう近所のスーパー専門になった。
 そして「ポムポム川の辺」に入居すると、外に一人で出るのを嫌うようになってしまった。「道がわからない」「迷子になる」というのだ。
 そりゃ新しい土地に来たのだ。誰でも道はくわしくはわからない。でも、お目当てのスーパーはほんの近くにある。ホームの裏にまわって、それからまっすぐ行けばよいのだ。迷いようがない。そういってもだめだ。
 しかたなく私が付き添って、何度か行った。引っ越したばかりで、買いたいものがいっぱいあるそうだ。それも、こまごましたものばかり。
 でも、私がそばにいると買い物の邪魔になるという。すぐに飽きて、もう帰ろうというからだそうだ。
 付き添いは要る。でも買い物の邪魔。どうしよう。
 五回ぐらい通ったのち、「今度は一人で行ってごらん」と私はかみさんに言った。「道に迷うはずがない」「でも、いやだ。自信がない」とかみさん。
 「じゃあ、僕がこっそり後からついてってあげるよ。」「うーん」
 「はじめてのお使い」というテレビ番組があった。小さな子供が初めてのお使いをするのだが、子はドキドキ、親はハラハラ。
 まるであの番組のようだった。まあ無事に終わったけれど。


 

投稿者

コラーゲン博士

85歳の老人ホーム入居者 若いころは大学でコラーゲンの研究を行っていた

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