私はせっかちの方だ。待つことが好きでない。
どこかに出かけるときには、はやく身支度をしてしまう。そうすると、家でじっとしていられない。そこで、早く家を出てしまう。
人と会うときには、約束の時間より早く着いてしまう。その結果、待つことになる。列車に乗るときも、出発の時間より早く駅に行ってしまう。また、待つことになる。待つのがいやなのに、結果として、待つことになる。矛盾した行動だ。
しかし、せっかちの方がよいときもあるらしい。たとえば、釣りをするには、せっかちがいいと聞いたことがある。釣りは、同じ場所で、のんびりと糸を垂れているイメージだが、釣れる場所を求めてこまめに移動する方が、結果がいいそうだ。
研究も同じだったら、よかったんだけれど。
さて、私の尊敬するE先生は、せっかちであった。
E先生は、私の学生・院生の時の指導教授である。
弟子たちは、E先生のことを、「はや口、はや足、はや合点」と呼んでいた。
先生は、ものすごいスピードでしゃべる。機関銃のようだ。それでも、頭の回転に口が追い付かない。それで、ときどき、どもってしまう。
先生ははや足だ。さっさと歩く。
先生がはや合点というか、そそっかしいことについては、こんなことがあった。弟子たちが、2冊の生化学の面白い本を見つけた。そこで日本語に翻訳したいと思った。先生に相談すると、翻訳の許可をもらうために、二人の著者に、手紙を書いてくれることになった。
そこで、先生は、A博士とB博士に手紙を書いたのだが、A博士あての手紙をB博士に、B博士への手紙をA博士に送ってしまった。
当然、A博士からは、「間違っている」という返事が来た。
ところが、B博士からは、自分の本でもないのに、翻訳OKの返事が来た。
B博士は、E先生と同じくらい、はや合点で、そそっかしいと、みんなで大笑いした。
E先生は、もうだいぶ前に、亡くなられた。